どうも、氷河期おじさんです。
前回の記事で、春先に約2ヶ月ぶりの面会に行き、「たぶん次も、また2ヶ月後くらいでいいんだろうな」「これくらいの距離感で、ぼちぼちやっていこう」という話を書きました。

あれからちょうど2ヶ月。
有言実行のペースを保ちつつ、昨日、長期入院している親父の面会に行ってきました。
5月末の札幌は小雨模様でしたが、気温は低くなかったです。
それどころか、移動中の車内では蒸し暑さを感じるくらいで、すっかり季節が変わったんだなと思いながら病院へ向かいました。
結論から言うと、昨日の親父は、ここ数ヶ月でいちばん調子が良さそうでした。
病室に入って声をかけると、いつもなら天井かテレビをぼんやり眺めているか、前回のようにテンションは高くても話が噛み合わないかのどちらかだった親父が、こちらの存在をちゃんと認識したのです。
それどころか、ぽつぽつではありますが、まともな会話が成立しました。重度の認知症になってからというもの、こちらの話がどこまで伝わっているのか分からない状態が続いていたので、これには素直に驚きました。
そこで少し迷いつつも、ある事実を伝えることにしました。
実は2ヶ月ほど前、親父の弟――おじさんにとっての叔父が亡くなっていたのです。
訃報を告げた瞬間、親父は内容をしっかり理解したようで、明らかに驚いた表情を見せました。
昔の記憶や、兄弟としての繋がりは、まだ頭のどこかに残っていたのかもしれません。
ただ、話が通じることと、記憶を保持できることはまた別の話なのが、認知症というものです。
驚いた顔を見せたのも束の間、5分もしないうちに、親父はさっき聞いたばかりの叔父の訃報をきれいさっぱり忘れていました。
それでも今回は最後まで調子が良かったようで、いつもならあちこちへ泳いでしまう視線が、落ち着いたままでした。
こちらの顔をしっかり見て話せている。
それなのに、頭に入ったはずの訃報だけは、驚きの感情ごと消え去っている。
一瞬だけ正気に戻り、会話は成立しても、その内容は留めておけない。
その不思議な「調子の良さ」を前にして、かえって病気の現実を実感させられました。
その後は毎回のルーティン通り、コンビニで買ってきたプリンを母が食べさせ、少しだけ他愛のない話をしてから病室を後にしました。
昨日は明らかにいつもより調子が良かった。
ただ、おじさんはこれで「親父の症状が回復に向かっている」などと楽観視するつもりはありません。
その日の体調や、脳のバイオリズムに「波」があって、昨日はたまたま良いタイミングだったというだけの話だと思っています。
振り返れば、良くもならなければ悪くもない膠着状態のまま、入院からもう3年が経ちました。
退院の見込みはないけれど、今日明日どうこうなるわけでもない。
そんな状態がずっと続いています。
それでも、これまでの「意思疎通がまったくできずに不毛感だけが残った面会」や「話が一切噛み合わなかった面会」と比べれば、今回は少しでも言葉が交わせた分、悪くなかったというのが率直な感想です。
2ヶ月という間を開けるペースにしたことで、こちら側の気持ちに少し余裕ができていたのも良かったのかもしれません。
病院を出た後は、母の買い物に付き合って「しまむら」へ行き、食料品の買い出しもして、自宅に帰り着いたのは夕方近く。
本当は昨日のうちにこの記事をアップしたかったのですが、帰宅後の疲労感が凄まじくて、パソコンを開く気力すら残っていませんでした。
結局、一晩明けた今日、こうして書いています。若い頃ならこれくらいのスケジュールでへばることはなかったはずですが、おじさんも50をいくつか過ぎて、年々体力の衰えを実感するようになりました。
親父の面会を「2ヶ月に1回」へペースダウンしたのは、親父のためというより、おじさん自身の体力と気力を保つためにも正解だったんだな、と改めて実感した一日でした。
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